出場者の作品

 

井上達也

ランボオの壺

ひっそりと澱む冬、泡立つ夏、口を広く開け放つおまえは女神だ、母神だ。
――さわやかな飲み物を作り、食卓を潤すおまえ
――四季を通していつでもおまえは魅力的で、計り知れない喜びをもたらして
      くれる。
――俺たちは、いらだち、飽き飽きすると、嵐の過ぎるのを待ち、
       再び陶酔の時間を待つ。未来や力の到 来を待つ。

それはおまえの才能のことだ。
おまえこそが天才であり、万象の上に立つ愛そのものである。
おまえが世界の規範。
把えきれるものではなく、思いも及ばない智慧をもたらしてくれる。
おまえは永遠でもある。
誰も手のつけられない高い性能を持つ存在。
おまえのあまりの深い寛大なふるまいに、つねづね、畏怖している。
おまえこそ俺たちの健康のみなもと。俺たちの小さな力、
狭い情念を無限の高さで見守るのだ。
おまえは歴史を歩む。醸造の時間を歩む。

もし、おまえの力を忘れたとしたら……。
忘却という暗い地下から存在証明のごとく地鳴りし始めるのだ。
「おまえたちは契約を忘れ、腐食の道を進め。生活の穢れたものめら」
おまえはどこにも行きはしない。天上から降臨することも ない。
じっとひとところにある。人妻の苦労に報い、男に安らぎを与える。
それで充分ではないか。おまえの愛。
おまえの口、底、腹部。その完全なフォーム。神の姿。
おまえの肌、おまえの体温。誰にでも広げる懐。
おまえの放つ光。おまえの見てきた物語。その苦渋。輝く時と倦怠。
おまえは音楽。沈黙の中に奏でる撥音の連弾。
おまえの資質。縄文人の手から継がれてきたもの。
おまえと俺たち、うたかたのような無数の友情よりも遙かに深い絆なのだ。

世界よ、おまえと俺たちを覆う世界よ、歓喜の歌を澄んだ
声で歌ってくれ。
睥睨する世界の下、おまえは俺たちのすべてを知っている。
俺たちはおまえの多くのことを知っている。
もっと知ろうではないか。
先祖から子孫へ一系の醸し出す天と地のカオスのことを。
新春の新鮮だがあわだたしい原風景。
灼熱に蒸される地下倉の真夏。
さびれて共食いの始まる晩秋の荒野。水気はことごとく凍みて、
あるものはひび割れ、あるものはひからびて死への解体の始まる厳冬。
なすすべもなく立ちつくす女、家に近寄らない男、
それらのくたびれながらなおも祈念する心が、
おまえを頼り、おまえにひれ伏し、おまえの前に生贄を投げ出す。
六感総動員して感じよ。
おまえの鼓動を、おまえの呼吸を、おまえの光沢を、おまえの力を。
おまえを見尽くし、おまえのいっさいの 質量を受け入れるのだ。